勉強する意味とは?なんの役に立つのか?【京大生の独り言】

勉強する意味ータイトル

こんにちは、くろです。

いきなりですが、勉強する意味ってなんでしょうか?

私は小学校中学校では勉強が大嫌いでした。しかし、高校に入ってからは勉強の魅力に気付き、大学生となった今でも勉強を続けています。

この記事では、勉強する意味について綴ろうと思います。

結論「勉強とは、世界の解像度を上げることである」

早速結論になりますが、勉強する意味は「世界の解像度を上げること」以上でも以下でもないというのが私の考え方です。

これは中学校、高校の勉強や大学での研究、社会人になってからのリスキリングなど、すべての勉強で共通しているものです。

この文章だけではわかりにくいと思うので、これから詳しく説明していきます。

「世界の解像度を上げる」とは

この言葉を説明する前に、解像度について説明します。解像度とは「画素の密度」であり、一言で言えば「画像の鮮明さ」です。

下の画像であれば、左の画像よりも右の画像の方が解像度が高いことになります。

(この画像は厳密には荒い画像ではなくピンボケ画像ですが、イメージしやすいよう示しています。)

「勉強する意味」としての解像度

さて、ここからが本題です。「勉強することで解像度が上がる」とはどういうことでしょうか。

下の画像をご覧ください。

京都の街並み

この画像を見て思いつくことを列挙してみてください。

いかがですか?

例えば、小学生にこの質問をして、下の画像のような答えが返ってきたとしましょう。

いたって普通の答えですよね。

では、知識の豊富な人に同じ質問をするとどうでしょう。

一例ですが、このように要素要素に対してより詳しいイメージを持っていることがわかります。

つまるところ、これが世界の解像度です。

一口に木と言っても、杉なのか松なのか、サルスベリなのか、世界には多種多様な木が存在します。このように、あらゆるものを区別して認識できるようになるために、勉強というものがあると考えています。

これは数学でも国語でも、同じことが言えます。使う場面が違うだけで、あらゆる勉強は世界の解像度を高めるのに役立ちます。

解像度が上がるとどうなる?

では、勉強をして解像度を上げるとどんないいことがあるのでしょうか?

結論から言うと、特にないと思います。

あえて言うなら、知識不足ゆえに友人の話に乗りにくかったり、商談の際に相手の趣味理解が不足するようなことがなくなる、でしょうか。

それに加えて、普段生活しているだけでぼやけていた世界がより鮮明になることで、日々の暮らしがより豊かになるとも思います。

まとめ

この記事で紹介した勉強する意味について、一つの考え方として知っておいていただければ幸いです。

ここまでの話で、中学や高校の数学は意味ないじゃん、と思われた方もいると思います。

そうかもしれません。しかし、勉強するにも努力が必要です。数学が嫌でも勉強するというのは努力できるということです。

そして、今の社会は、少なくとも就職までは一般的な勉強の出来で評価されます。

私は、例えばゲームの攻略法を勉強や、温泉ソムリエの勉強などの学校での勉強以外もとても有意義であると思っています。

なので、高校までは各教科の勉強を頑張り、大学以降、好きなことを学んでいくのが良いのではないかと思います。

追記:Quizknockの記事でも同様のニュアンスの記事がありました。こちらもぜひ読んでみてください。

最後まで閲覧いただきありがとうございました。

最後に、これはあくまで個人の見解ですので、一つの考え方として受け止めていただければ嬉しいです。

私の好きな勉強のひとつであるプログラミングについての記事はこちらからどうぞ。

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